2008年01月23日

交響曲-ドラクエ

ドラクエとかも交響曲で聞くといいですよね!

交響曲(こうきょうきょく)は、管弦楽や吹奏楽によって演奏される多楽章からなる大規模な楽曲。シンフォニー(英:symphony、独:Sinfonie, Symphonie)、シンフォニア(伊:sinfonia)とも呼ばれ「管弦楽のためのソナタ」である。

原則として4つ程度の楽章によって構成され、そのうちの1つの楽章がソナタ形式であることが一応の定義であるが、例外の数はきわめて多い。

なお、『交響曲』は『交響楽』ともいうが、どちらもドイツ留学経験のある森鴎外による訳語である。

17世紀イタリアでオペラの序曲として用いられたシンフォニアが一応の起源とされるが、一方バロック時代の合奏協奏曲も交響曲の誕生に影響を与えたとも言われている。特にスカルラッティによるイタリア式序曲は「急?緩?急」の3部からなり、ヴィヴァルディやペルゴレージに受け継がれ発展し、ガルッピらによってソナタ形式として発展していった。さらに、マンハイム楽派のシュターミッツやカンナビヒによりシンフォニーとして発展し、エマニュエル・バッハらによってメヌエットの楽章が付け加えられ、古典派音楽へとつながった。

古典派により交響曲の形式は一応の完成を見た。ハイドンは「交響曲の父」と呼ばれ、軽快で明確な形式を持つ交響曲を(番号のついたもので)104曲残した。同時期にモーツァルトは、第41番までの交響曲を残しており、後期のものは特に重要であるが、初期のものは父レオポルトの手が入っており、どれだけが独自のものか不明である。

ベートーヴェンは、第3楽章に使われていたメヌエットをスケルツォに変え、古典派の交響曲の形式を完成させた。最後の交響曲第9番では、終楽章で独唱と合唱を取り入れ、さらに緩徐楽章とスケルツォの順番を逆にするなどの斬新な手法で、交響曲は古典派の頂点に達した。

ロマン派の時代になると、形式としての発展はせず、表現手段として人間の内面を表現する方向に向かう。(シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、リスト、ブラームスなど)後期ロマン派において、曲はより大規模なものになった。

ベルリオーズの交響曲『イタリアのハロルド』のように実質的には半ば協奏曲という作品もある。ラロの『スペイン交響曲』などは「交響曲」と名付けられているものの、実際にはヴァイオリン協奏曲であり、交響曲とは見なされていない。

ブルックナーとマーラーによる後期ロマン派の交響曲について、まず最初のブルックナーは、ソナタ形式が拡大され、従来の2つの主題に加えて第3主題をもつようになった〔ブルックナー形式〕。マーラーにおいては単なる主題から『主題群』に発展し、管弦楽の規模の拡大(4管編成から5管編成まで)、自作の歌曲集からの引用、独唱や合唱等の声楽を含めたことが特徴的である。リヒャルト・シュトラウスは初期に2曲の絶対音楽の交響曲を書いているが、あまり注目されず、その後書かれた家庭交響曲やアルプス交響曲は初期の交響詩群を拡大させた標題音楽という意味で極めて高く評価されている。

国民楽派、民族楽派は後期ロマン派と時代が重なるが(広い意味でのロマン派でもある)、交響曲は彼らにとっても重要な表現手段であり、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、ボロディン、リムスキー=コルサコフ、グラズノフ、スクリャービン、シベリウス、ニールセン、エルガー、ヴォーン・ウィリアムス、バックス、ハチャトゥリアン、シマノフスキらがそれぞれ3曲から9曲の交響曲(未完のものを含む)を残している。あまり注目されないが、ミャスコフスキーは27曲の交響曲を残しているし、ブライアンはその交響曲第1番「ゴシック」で8管編成による当時史上最大の交響曲を残している。

現代においても交響曲というジャンルは残っているが、内容的に大きな変貌を遂げたものも含まれている。新ウィーン楽派においてはシェーンベルクの室内交響曲のような形式の変容や、ヴェーベルンの交響曲作品21のように完全に音列技法に組み入れられたのもある。ソナタ形式の伝統に連なる交響曲作家としては、20世紀のプロコフィエフとショスタコーヴィチが、今のところ最後の双璧である。以降も(古典的な意味での)交響曲を主たる表現手段とする作曲家はいるが、現代音楽の中心的な存在とはなっていない。

アイヴズの6つの交響曲(最後のユニヴァース交響曲は未完)、コープランドの4つの交響曲、メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』、グレツキの交響曲第3番『悲しみの歌の交響曲』などの曲は有名であるが、形式や内容はロマン派の交響曲からは大きな隔たりがある。韓国の最初の大作曲家であるユン・イサンの交響曲は5曲あるが、本人は最後の題名付けに大変悩み、苦し紛れに半ばでっち上げで「交響曲」としたもので、内容を意識した物ではないとの見解を1990年当時示していた。

それでも現在も交響曲が作曲され、フィンランドの作曲家・指揮者のレイフ・セーゲルスタムは史上最多の150曲以上の交響曲を量産している。

日本における交響曲の受容は、山田耕筰が交響曲「かちどきと平和」を作曲したのが初めで、その後金井喜久子の、日本の女流作曲家として初めての交響曲(第1番。第1楽章〜第3楽章は1940年初演、第4楽章は未完)の作曲を経て、別宮貞雄、團伊玖磨、黛敏郎、吉松隆などが交響曲を作曲している。
(以上、ウィキペディアより引用)

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